こっちむいて

さよならだけを伝えるつもりがありがとうと言う

死ぬまで一生愛されてると思ってたよ

いつの間にか秋になっていた。マスクをしていると街の季節が変わっていくことに気がつきにくくなってしまう。景色だけでも秋の訪れは感じるけれど、やっぱり季節は街の匂いで感じるものだと思っているので、嗅覚を閉じて生活するのはなかなか苦しい。

最近、人生の転機が訪れた。きっと自分の人生の大きな分かれ目になると思う。二つの道があって、どっちを選んでも後悔すると思っているけれど、とりあえず私は北に続く道を取ってみたところである。それが今までの私の目標だったしね。つまり、目標達成ということではあるのだけど、本当にそれが正解なのか迷っているようだ。多分これはキャリア的には正解だけど、自分の気持ち的にはあんまり正解じゃないのかな〜と思っている。でも、私は人生に「エッセイに書けるような面白い人生を送る」というモットーを掲げていて、迷った時はいつも10年後の自分が酒の席でおもろいネタにできるのはどっちか、という観点から選ぶようにしている。私自身はそんなに面白い人ではないから、自分の経験くらいは面白いことを選ぶようにしたいと思っている。いろんな経験をしてきた人の文章とか話って面白いじゃないですか、やっぱり。だからとりあえずはおもろいことを求めていこうと思っている。

そんなこんなで一応進路が決定して、伝えたい人には一通り伝え終わった。お世話になっているゼミの先生はとても喜んでくださっていた。なんなら先生だけでなくご家族も一緒に喜んでくれていたそうで、本当にうまくいってよかったと思った。先生にはずっと面倒を見てもらっていたので、今まで先生にしていただいたことを無駄にせずに済んだ安心感がすごい。他にも家族はもちろん、いろんな友達が喜んでくれると同時に寂しいと言ってくれて、あー、愛されてるなあと思った。もちろん、寂しいって言わないでいてくれる優しさもきちんと受け取っている。そうやっていろんな人が応援していてくれて、これからのことも応援してくれることに、ずっと胸がじんわりと温かい。高校生の時にお世話になっていた人にも連絡をしたら今度2年ぶりにご飯に行くことになって、まだ先のことだけどなんか嬉しくて毎日るんるんしてしまっている。

おおかたの大切な人には、ゆっくりではあるけれども時間があるときに少しずつ連絡をしていて、だけどやっぱり報告も迷う人もいることも事実で、高校生の時に大好きだった人と、元彼にはどうするかずっと考えあぐねている。後者についてはもうSNSを通じて知っていることは知っているのだけれど、やっぱり自分できちんと伝えたいという思いもないわけではない。私がその道を選びたいと思い始めた時にも隣にいて、それを目指すことで多少なりとも迷惑をかけたこともあったので、きちんと報告するのが礼儀なのかな〜とか。別に祝福してほしい気持ちとかはあまりなくて、ただ本当に、あの件はこれこれでこうなりました、ありがとね、くらいの気持ち。けど別れたしなーってずっと迷っていて、まあたぶん連絡はしないと思う。しても来年の3月くらいかな。まあそれはなんでもいいや。それよりも、問題は前者の方である。塾の講師でありながら、私が永い間とんでもない片想いをしていた人。み〜んなお察しのあの人。元塾講という点ではやはり報告したいのだけど、片想いをしていた相手、さらには好きバレもしていたという点で連絡する気が失せてしまうのである。この人に報告をするということは、相手に成果を伝えると同時に私の「復讐」にもなる。教わっていた頃は全然ダメダメだった私がここまできました、という塾講への報告と、あなたがいなくても私はここまでやれるしあなたなんて心底どうでもいいです、という片想いの相手への復讐と、あの人が大好きで自分の形が保てなくなるほどに恋をしていた過去の馬鹿な私への復讐。心底どうでもいいと思ってもう2年ほどが経ったけど、忘れた頃になってあの人は私の中に影を見せる。大嫌いを通り越して無関心にもなれたのに、結果的に私の人生を良い方向に変えてくれたことには変わりがなくて、だから嫌いになってもずっと人生につきまとってくる。本当にずるい。あんな人に人生が傾くほどの恋をしていた自分が馬鹿で情けなくてかわいくてかわいそうだ。もう関わるだけ馬鹿らしいとは思っているのだけど、復讐したいからきっと連絡してしまうと思う。そして私は復讐のつもりでもあの人はすごく喜んでくれるのがわかっていて、きっとその喜びの文字列に思わず頬が緩んでしまう自分がいることだってもうわかっている。どこまでもずるい。

そうやってあの人のことがずっと忘れられない。今となっては本気でどうでもいいし、今更付き合ってほしいとかそういう関係になりたいとかもない。それでも未だに街で似ている人を見かけると心臓が止まりそうになるし、あの人じゃなくてよかったと思う気持ちの中に、本当にあの人だったらよかったのにという気持ちが生まれてしまう。もう決別したと思っていたのに処理しきれていなくて、未だに引きずっている。もうはやく忘れたい。楽になりたい。

大好きな恋愛映画に「心底惚れるって、全てにおいてその人だけが例外になっちゃうってこと」という言葉があって、私はずっとこんな感じなんだと思う。今が嫌いでもはじまりは惚れていたから、結局ずっと惚れているのだと思う。だから嫌いだけど連絡したくなっちゃうし、喜んでほしい気持ちだってある。嫌いなのに。悔しい。何回でもいうけれど、あの人との間に何かを起こそうという気はさらさらない。だからはやく忘れるのみだなんてわかっているけれど、そんな簡単に記憶が消せるわけもなく、ずっと胸のうちに残ってしまっている。

先日、彼とは別の大好きだった人に子どもが生まれたということを耳にした。その人のことこそ本当にどうでもよくて、どこが好きだったのかすら思い出せなくなっている。今まで、好きだった人の好きだったところが思い出せなくなることは寂しいことだと思っていたけれど、寂しいと思ってる時点で大好きじゃん、ということに今回でやっと気がついた。だから、確かに寂しいことではあるのだけど、思い出せなくなるということは関心の薄れを顕著に表してくれるし、そんなに悪いことじゃないんだなと思う。それでもあの人のことはまだ思い出せちゃうから、嫌になっちゃうね。

こんなことを考えながらも、自担の追っかけもまだまだ続いている。今回の分岐点でこちらの道を選んだということは、今までのように自担の追っかけはできなくなるということである。それもわかっていて、私はこっちを選んだ。自担は人生に潤いを与えてくれるけれど、私の人生には責任を持ってくれないし、養ってくれるわけでもない。キャリアと自担の二択になった時、迷いなくキャリアを取れるおたくでいたいというのがここ1年の私の目標だった。迷いなくというのが難しくても、最終的にはキャリアを選ぶおたくでいたかった。あと、現場で自担の顔を見る時、自担に誇れる自分でいたかった。離れたところに行ったとしても、自担に誇れる自分はこっちなんだと思う。だから、やっぱりこっちであっていると思うことにしている。自担もおたくとしてしか生きられない女より、おたく以外に生きる道を見いだせる女の方が好きだよねぇ〜?!と思うしかない。だから、おたくができなくても私は頑張るし、自担に誇れる自分でいるために、多少しんどくても頑張りたいと思っている。自担のことを好きになったのはここ1年なのに、こんなに影響を与えてくるのすごすぎて笑っちゃうな。今、世界中の誰よりも自担のことが大好きだ。死ぬまで一生愛してると思う*1。自担のことはアイドルとしても、舞台に立つ職人としても、人間としても尊敬している。プロ意識が高いし、性格的にも私に持っていないものを持っている。やっぱり自分に足りないところを持っている人には憧れる。自担はポジティブすぎるのでこんなんと四六時中一緒にいたら死ぬわ、とも思うけれど、私はネガティブすぎるからやっぱり自担が羨ましい、なんてね。キモオタの戯言なので聞き流してください。

まあそんなこんなで人生忙しいです、けどアイドルだとしても一生好き!!って思える人がいて私は今とても幸せだし、好きだった人たちもいずれ消えていくだろうとは思うので、はやく記憶から消えてくれることを願うばかりです。ねっ。アーメン。

 

*1:タイトルへのフラグ???自担のこと一生好きでいてえよ。

夏だからといっても

 近頃はずっと天気がよろしくなくて体もだるい日々だ。昼夜逆転していることもあって、なかなか体調がすぐれない。これを書いている今も布団で横になっているし、画面の見過ぎで頭が痛い。それに今年はなぜかずっと体調が悪くて、いきなり高熱を出したり、微熱が3週間くらい続いたり、安定したかなと思えば微熱がぶり返したり、、。正直結構体がしんどい。そんなこんなを繰り返しているうちに胃のキャパシティもばかみたいに小さくなってしまって、お外でご飯を食べると一人前を食べきれないようなことが多々あるようになってしまった。今年はツイてないみたいだ。

 別れた恋人とは4月くらいまでなんだかんだで連絡は取っていたのだけど、ある日突然「いや私もうこの人に会いたくないわ」と気がついて、そのまま「もう会わない」という旨のメッセージを入れて、そこからもう一度も連絡していないし、会ってもいない。一人暮らし、彼氏なし。まあ毎日がゆっくり過ぎていくことが多いなという感じです。急に老けたみたいな感じ。その分好きなアイドルの舞台にたくさん行ったり、カフェに行ったり、お散歩したり、ひとりの時間を満喫している。ひとりでの生活に慣れてしまったから、もう結婚できないかも〜というのも最近よく思う。結婚願望はあるけれど、でもひとりの時間がなくなるのは嫌だし、たかだか彼氏ごときで耐えられなくなっていた私が結婚できるとは思わない……。アイドルにガチ恋を拗らせそうな今が私にはめちゃくちゃ楽しいし、まあ学生なんだしこんなんでもいっか〜って思う。アイドルの現場ばかり行っているので、学業の合間に現場に行っているのか、現場の合間に学業をしているのかどっちだ…?って感じだった。働き始めたらこんなことできないだろうし、後悔しないようにやろうと思います。

 昨日は老舗の和菓子屋さんにあんみつを食べに行って、夕暮れの街を歩き回って、映画を観に行った。全部ひとりだったけど、全然苦じゃなくて、やっぱり今の私はそういう時期なんだなと思う。ただ昨日ははちゃめちゃに可愛くお化粧できて、すごくいい感じだったので誰にも会わなかったのはちょっと惜しかった。昨日観た映画はロードムービーで、旅に出たい欲が高まった。旅行先で大きな帽子かぶってサングラスして歩きたい。

 夏なんだけど、このご時世で夏らしいことはほとんどしていないし天気も悪いからほんとに夏なのかな…みたいな気持ちになってしまう。夏の街で美味しいものを食べたかったし、友達と花火をしたかったし、現場終わりにビールを飲みたかった。酒を片手に夜の街を徘徊して、明け方に陽を浴びてから眠る日を経験したかった。基本的には引きこもりなので新しい生活様式もそんなに苦ではないんだけど、大学生っぽい暮らしをしてみたい願望は少なからず抱えていたので、こうやって青春の時間が失われていくのを黙ってやり過ごしていくのが苦しい。成人して酒を飲めるようになったら、大学の周りの居酒屋を開拓したり、高そうなバーに潜り込んだりすることをずっと楽しみにしていたから正直めちゃ悲しんでいる。あの頃思い描いていた先がこんなになっているなんてまったく想像していなかった。今決定権を持ってる年代の人たちは大学生、あるいはその年代の頃にはこんな生活をしていなかっただろうし、やりたいように大学生活を送れていたことが単純に羨ましい。……とまあ、こんなことボヤいても仕方ないしね、なるべくポジティブに前向いて生きて行きたいなと思います。部屋から出ない大学生最後の夏休みだってそれはそれ。好きなだけ昼夜逆転しよーっと。

廊下の長椅子とあの子の優しさ

 高校生の時、私はよく過呼吸を起こして保健室のお世話になっていた。過呼吸を起こすようになったのは中学3年生の頃で、普通に呼吸をするのがなんだか息が苦しくて、マスクをしている方が楽に息が吸えると気がついてからだった。それでも3年生のうちは倒れてしまうほどの過呼吸を起こすことは少なくて、なんとかうまくやれていた。

 高校生になって担任になった男性は少し変な人で、女子生徒に気軽に触れるような、いわゆる「距離感音痴」みたいな人だった。集団生活が苦手でうつを患っていた私に対して、他の先生はなんとか進級させようと手を尽くしてくれたけれど、担任は「できないのなら学校を辞めてもらうしかない」というタイプの先生で、それからもいろんなやりとりがあった後に私は頻繁に過呼吸を起こすようになった。通っていた学校の保健室というのは中学生には優しいけれど、高校生になった途端に突き放す。好きな先生と話しながら泣いてしまったのを見られた次の日に過呼吸を起こした時は、ああ、昨日長時間○○先生と話し込んでたから……なんて全く関係ないことまで引っ張り出されたこともあって、本当はすごく苦手だったけど、最後の駆け込み寺のようなところだった。

 高1のいつだったか、担任の授業を次に控えた休み時間に気持ちが潰れてしまい、廊下で過呼吸を起こしてしゃがみ込んでしまったことがある。いろんな友達が大丈夫?と声をかけてくれたけど、さらにパニックになった私はそのままうずくまって呼吸をするのに必死だった。そのうち本鈴が鳴ってみんなが教室に戻って行く中、ずっと私の隣で背中をさすっていてくれた友達がひとりいた。付き合わせてしまうのが申し訳なくて大丈夫、と伝えてもいいよいいよ、とずっと隣にいてくれて、クラスも違ったのに保健室まで連れて行ってくれた。それでも保健室の先生は高校生には厳しいので、早く教室に帰りなさい、まだ今なら遅刻で処理される時間だから、とやっぱり突き放された。友達は「だってこんな過呼吸じゃん」と先生に強く言ってくれたけれど、私がもういいの、大丈夫、と言って、結局友達と一緒に教室の前まで帰ったのだった。教室に帰るまでの階段で友達はおかしい、信じられないとすごく怒っていた。

 教室の前の長椅子で謝る私に大丈夫だよーと笑ってくれた友達は、中学3年生の時にお互い休みがちということで仲良くなった子だった。彼女は高校に進級した後はきちんと学校に来ていたようだし、その次の年には留学して、1年遅れで卒業した。あの時保健室で私の心には棘が刺さって今も思い出すたびにちくちくと痛むけれど、それよりも、あの場で私を守ってくれた友達がいたことの方が年々印象深くなっている。保健室の先生だって意地悪で言っていたわけではなくて、私の単位を心配して突き放してくれていたこともわかっている。それでも、その善意をうまく受け取れずに傷ついてしまった私をその場で守ってくれて、隣で背中をさすって支えてくれた友達の優しさと強さが本当にかっこいいと思った。彼女には今でも本当に感謝している。

 人と接していると、相手にとって何が優しいのか、何が相手のためになるのかというのがよくわからなくなる。甘やかすのも優しさだし、突き放すのも優しさだとなると、どれも正解で、どれも不正解のように見える。優しさを受け取った相手がそれを優しさだと思えば優しさだし、優しさではないと思うとそれは優しさではなくなってしまう。優しさを与えるのも受け取るのも、心がある程度健康でないと難しいのかなと思う。特に与える方は自分に余裕がなければ他者に優しくできないし、受け取る方もひねくれたりかっこつけたりせず、素直に受け取れる余裕や強さがないと相手の優しさをまっすぐ受け取るのは難しい気がする。

 なーんてつらつら書いてみたけど、本当の優しさがなんだかわかったら世界から面白みがひとつ少なくなってしまう気がする。最近始めたイケメン育成ゲームではストーリー進行の中に自分のセリフが選択肢としていくつか提示され、自分で好きなセリフを選ぶようになっている。落ち込んでいる相手にかける言葉や、相手を励ます言葉もいくつかの選択肢になっている。ゲームだからその選んだセリフによって好感度や親密度が上がっていくし明確な「正解」がわかるようになっているけれど、現実ではその「正解」は存在しない。でも、もし現実で相手が求めていることや、してほしいことが全部わかるようになってしまったら、他者を理解しようと思う気持ち、相手の気持ちを自分なりに考えるということはなくなってしまうだろう。それは人間としてあまりに寂しすぎる。他者を100%理解することはできないけれど、相手に寄り添おうとする姿勢が大事であって、結果がどうであれその誠意が相手に伝われば、それだけで多少は救われるんじゃないかと私は思いたい。他者理解の努力を惜しまない世界であってほしい。

呪い

 別に好きでなくても、周りの男の人に恋人がいるという話を聞いてしまうとちょっぴり落ち込んでしまう。付き合いたいわけでもないのにそう聞くだけでなぜか少し傷ついて、自分がひどく汚くてとんでもない女のように感じてしまってやっぱり落ち込んでしまう。あと、恋人とうまくいってる人を見るとイライラしてしまうようになった。先日このブログに恋人はいらないと書いたし、その気持ちは基本的には変わっていなくて一人で悠々暮らしているのに「結婚を考えている」「結婚式に呼ぶ」みたいな話を聞いているとはーーーーさようですかーーーーo(^o^)oみたいな気持ちになってしまう。普通にキモいなーと思うし自分では満たされてるつもりなので本当にどうしてこうなっちゃうのかよくわからない。キモいな。

 他人の恋に口出しをすることには疲れたし、自分の友達なら男女かかわらずその人の意思を尊重してほしいと思うので基本的には後押しスタイルだけど、先輩とか少し遠い関係の人の話についてはまじで知らんがなボタン百連発だし、そういう人の結婚しようと思ってるんだぁ♡らぶらぶちゅっちゅ♡みたいな話ほど耳障りでタコ殴りにしたいものはない。というか、幸せMAXで安定している人だけが持つ余裕な雰囲気とかどこか落ち着いていてオトナですけど〜みたいな雰囲気が苦手すぎるし、だせえ!きめえ!って感じ。インスタでよく見るベージュやくすんだ色の服着てナチュラルていねいな暮らし感、性欲?そんなもの知らないですぅみたいな投稿してる人だってやることやってんだよなあと思うと何も信じられなくなる。あと先月行った美術館で、イチャイチャベタベタしながら鑑賞してるカップルがいて本当に邪魔だと思った。カップルで来ること自体には何も思わないけれど、ふたり一緒に喋りながら鑑賞する意味とは?という感じなので、喋るならスタバかホテル行けってなった。自分ほんとに歪んでるなあ!世の中ぜーんぶキモいね!しにた!きゃぴるーん!

 

 

自由気ままな独身三十路女(仮)になる、の巻

 タイトルはふざけました、三十路ではないですしアラサーでもないです。どうも。

 年末に恋人と別れた。ずっと別れられなかったのに何が起きたかというと、所属コミュニティの円滑な運営のためにというのが一番しっくりくる理由で、まあせっかくだしこれを機に、、、という感じで別れた。別れたけどなんだかんだ家には来ていたし、体の関係も残っていたのであまり別れた気もしなくて、年明けには復縁してもいっか〜くらいに思っていた。しかし、一人暮らしの家でひとりの生活をしているうちに気持ちも落ち着いてきて、このままひとりでのんびりやっていきたいなあという気になってきていたので、いろいろありつつも独身生活を謳歌している現在です。

 先日は元恋人が家に来て、復縁するしないについて結構きちんと話し合ったのだけれど、「何を言われても復縁しない」という私の意思は揺らがなかった。体の関係は今さらすぎるのであってもいいのだけど、「復縁」という形にしてしまったらこの先もずっと、同じようなことをずるずると繰り返してしまうのだろうと思う。ずるずるのいつまでも別れられないゴミ女を脱却したかったのだ。相手は私の頑なな復縁拒否に驚いていたが。まあこれで最終的に結婚する、みたいなエンドがなくもないような気がしてしまうけれど、別にそれでも構わないとは思うし、まあそれもひとつの形として有りなのではないかと思う。ほんとにそうなったらウケるけど。

 彼氏なしの人間に戻ったら、何だか自分が自分らしくいられている気がしている。恋人には言いにくいけれど好きなものとか、気がつかぬうちに他人の視線を込みにした思考回路とか、そういう他人を意識した自分を少し捨てられたような気がする。私は自意識過剰なくらいに人の目を気にすることが多くて、道を歩いている時、スーパーで買い物をする時、駅でICカードにチャージをする時、その他にもいろんなタイミングで常に誰かに見られているという虚妄のような意識がつきまとっている。恋人がいなくなったということで、恥ずかしい私を誰かに見られたら彼氏も恥ずかしい、みたいな変な意識がなくなって、コンビニくらいならガチのスッピンで行けるようになったし、誰もいない道なら小さな声で歌いながら歩けるようになった。別れたことで多少のダメージを負ってはいるけれど、少しずつ自分を取り戻せて、その上新たな自分を発見できているような気がする。大方は気のせいかもしれないけれど、それでも自分の心は毎日ちょっとずつ成長していると信じている。

 最近は荻上直子の『めがね』(2007)が気に入って見ている。海の綺麗な場所でのんびりたそがれる生活に憧れる。東京はきらきらで毎日が刺激で溢れているけれど、ちょっと疲れてしまうね。

 

 

 

2020総括

年の瀬になり、あんなに嫌々やっていたサークルもあっさり引退し、一度距離を置いたはずの彼氏も気がつけば家で一緒に寝ているし、なんだかよくわからない気分のまま2020年が終わろうとしている。

今年の春、母方の祖父が亡くなった。昨年の春は父方の祖母が亡くなり、2年連続の近親者の死はなかなかメンタルにきて苦しかった。最期の1.2ヶ月間くらいは祖母や母、叔母たちと一緒に祖父の介護を手伝ったけど、ゆっくりと衰弱していき、やがて散っていくという人間の生を目の当たりにして、手伝いと言えど何もできない自分の不甲斐なさが痛かった。人の最期を看取った経験も初めてで、祖父が亡くなって3ヶ月くらいはずっとその場面を思い出してしまって、夜中にひっそり涙を流す日々が続いていた。夏休み後には通学が始まったこともあり、心も体も少しずつ元の生活に戻っていったけれど、やはり今年は全体的に暗い影が付き纏っていた気がする。

世間はコロナ、家族もいろいろ大騒ぎで昨年とはまったく違った1年を過ごしたけど、家の中にいたい私はコロナで外に出れなくなってほっとしたこともあるし、コロナのおかげで最期まで祖父と一緒にいられたのだと思うと、不謹慎だけど、この生活も悪くなかったなと思ってしまう。それに、もし私が中高生だったらコロナで学校に行けなくなってとっても喜んでいたんじゃないかとすら思う。

人と会えなくなったことで、自分にとって必要だったり、どうしても繋ぎ止めておきたかったりする人が明確に見えはじめたこともよかったと思う。会わないままもう会わなくていっか〜っていう人と、会わない間もずっと会いたい人の区別ができたけど、前者もまたご縁があれば会いたいし、その人と一緒に過ごした時間や、その人が私の生活にいてくれた事実を、心や頭の片隅でずっと覚えていられたらいいな。

こんなごちゃごちゃな感じで2020年が終わる。帰省とPMSの時期が重なり既に地獄の予感がしているけども、とにかく無事に、平穏に2020を終わらせ、綺麗に2021を始められたらいいなと思います。

2020年もお世話になりました。来月からもどうぞよろしくお願いします。

わたしを離さないで

   新幹線とか飛行機に乗ると創作や書き物が進む気がするのってなんでなんだろう。高校生の頃から、電車のような移動時間が一番集中できる場所だった。このブログも何回も電車で書いた。最近はもう片方の日記みたいなブログの方ばかり書いていて、気がつけばこちらをだいぶサボってしまっていた。

   今日は山に行くために新幹線に乗っている。感染リスクに怯えまくっている人間なので人がいっぱいいてうぎゃーってなったけど、朝ごはんとしてのサーモンの押し寿司を食べてこれをぽちぽちと打っていたら心が落ち着いて楽しい気持ちになってきた。今日はお化粧も綺麗にできたし、前髪も綺麗にセットできて、寝不足なのにとてもコンディションが良い。ベビーシッターみたいな彼氏がなぜか1週間くらいずっと家にいたので外に出るのも久しぶりな気がする。彼氏のご飯は上手だし美味しいけど、最近自分でご飯を作る楽しさを知ったのでひとり暮らしを満喫したい気持ちもある。この1年くらいずっと別れたいって言ってるのにセックスするとまた好きになっちゃって、まあいっか、ってなっちゃうのそろそろやめたいな。彼氏はとても真面目な人だけど、今の私は真面目を求めていなくて、もっとぐちゃぐちゃのどろどろで、今まで知らなかったような世界を知りたい気持ちの方が強い。この間友達と話して再確認したけど、彼はそういうところがちょっとつまらない。昨日は、将来自分の子供を共学か男女別学にいれるかで討論になり、女子校育ちの私は当然のように男女別学推しだけど、共学育ちの彼は男女別学断固反対でなんか悲しくなってしまった。お互い自分が育った環境が好きだったからこうなるんだというのはわかっているけど、小学校で男の子たちが嫌いだった私は女子校にいって本当によかったと思うし、宗教的な教育を受けてきたこともこれはこれでよかったと思っている。私はクリスチャンでもなんでもないしキリスト教の教えとか真髄はよくわからないけれど、聖書の言葉は好きだったし、聖書に合わせて身近な出来事を話してくれる先生や友達の紡ぐ言葉が好きだった。きっとこれは仏教校に通っていたとしても変わらなかったんじゃないかと思う。でも彼氏はその良さを知らない人で、その逆もしかり、ということが一生埋まらない溝のように感じて少し悲しかった。別れたいのに悲しくなっちゃうの、変だなあ。多分彼のことは好きだけど、結婚はできないとどこかで思っているし、彼も私と結婚するのは難しいと思っていることが発覚して、やっぱりちょっと悲しい。別れたらすぐ年下の可愛い女の子捕まえて知らんうちに結婚してるんだろうなーー。

 私が文章や言葉を好きなこと、いつか小説を書きたいこと、そこで人に認められたいことを友達には冗談まじりにでも打ち明けられるのに、彼氏にはどうしても言えない。恥ずかしいというよりもばかにされる気がするし、彼の世界と自分の生きている世界はとても似ているけれどどこか違っていて、彼の世界ではそういう無謀な夢を持つことが許されないような雰囲気を感じる。今ぼんやり感じているその違和感がはっきりしてしまうのが怖くて、どうしても彼氏には正直な気持ちを言えない。言えないことや秘密が多いと長続きもしないだろうなとは思う。結局彼のことは好きなんだと思うけど、お互いの求めている姿と現実の姿が少しずつずれていて、その溝が少しずつ大きくなってきている。好きって思ってるはずなのに平気で浮気しちゃうし、早く別れたいと思うし、好きってなんだっけ?みたいな気持ち。はあ、よくわかんないや。

 さて、今日は20歳最後の日。20歳を超えたら誕生日が怖くなったし、特別感がなくなった。20歳は怒ったり、どす黒い感情でいっぱいになってジタバタともがいていることが多かった気がする。トータルするとちょっとしんどい年だった。21歳は黒い感情を自分で消せるように、人に当たったり素っ気なくしないように、嫌なことがあってもスレずにいられる子でいたい。それから、人の幸せをきちんと喜んであげられるようになりたい。余裕がないときに人の幸せそうな姿見るとちょっときついこと言いたくなっちゃったりして、自分の心の狭さや性格の悪さ、意地悪な気持ちがあることを改めて実感して死にたくなってしまう。なので、自分の精神状態にかかわらず、他人と接することができるようになりたい、というのがとりあえずの21歳の理想かな?皆様20歳もお世話になりました、明日からもどうぞよろしく。