こっちむいて

さよならだけを伝えるつもりがありがとうと言う

モラトリアムが楽しい話

祖父が亡くなって約3週間経って、4月と変わらず祖母の家でぐだぐだ過ごす日々は継続中である。安心してください、ちゃんとげんきだしぱんつも履いてるし、ゼミの友達とパジャマで授業受ける夢叶ったね〜!と喜んでいます。

祖母の家は普通のマンションだけど広い大きな窓があって、ベランダの外には辺境の一歩手前みたいな町の住宅街が広がっていて、政令指定都市とは思えないくらいとても穏やかな時間が流れている。わたしはこの家がずっと大好きで、大学生になってもなんだかんだ2週間に1回くらいは来ているような気がする。

4月からはほとんどずっと祖母の家で寝起きして授業受けてたまーに実家帰って寝て、みたいな生活だった。大変だね、とよく言われるけどわたしはこの生活がとても気に入っていて、母や祖母と一緒にのんびり過ごすのが大好きで、この人生の夏休みみたいなモラトリアムが楽しくてたまらない。

これを書いてる今日(6/5)はちょっと蒸し暑くて、やけに喉がかわく夜で、少し霞んだ月と寝静まった町とお気に入りの音楽が心地よい。最近は相鉄線とJR直通記念のばらの花 × ネイティブダンサーが好きでずっと聴いている。好きな曲を聴きながら慣れ親しんだ横浜の町を眺める深夜はおセンチになれて楽しい。今日は風も気持ちいいしね。こういう夜に思い出すのは彼氏やらアイドルやらの邪念じみたことじゃなくて、ただこの町での記憶とか、一緒に過ごしてきた友達のこととか、ちょっと忘れたいこととか、素直で少し苦い思い出ばかりだ。最近は暇ながらも忙しいしプライバシーなんかもない日々なので、こんなに感傷に浸れる機会は久しぶりだった。やっぱり夜が好きだ。

さっき実家から祖母の家に来るまでの短い道中でお風呂の匂いがして嬉しくなった。外でお風呂の匂いを感じるたびに、この感性を享受してくれた人はどうしているだろうと思う。わたしは立派に外で嗅ぐお風呂の匂いキャッチャーみたいな人になりましたよ、ええ。

川端康成は別れる人には花の名前を教えなさいって言うけれど、外で嗅ぐお風呂の匂いの方が花よりもずっと忘れられないと思うけどなあ。

春になれない

これはちょっと前の下書き。

 

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今朝は起きたらすっと冬の寒さが入ってきて、雪の真っ白さが眩しかった。喉元過ぎればナントカみたいに、柔らかくて暖かい日々ですっかり忘れていた冬の寒さが急に帰ってきてなんだか体がびっくりしている。

昨日今日は祖父母の家でぐうたら過ごし、ゼミの先生に勧められていたキングスマンを見た。鬱かただの情緒不安定かわからないけど、キングスマンをレンタルして見始めるまでに2回くらい姉と喧嘩した気がする。最近どうも毎日くさくさしてしまって気持ちが落ち着かない。それでもキングスマンはとっても面白い映画だった。私は昔からなぜかイギリスが好きで、目の保養と称してmen's FUDGEを買って眺めているような女子高生だったし、何回か通った楽器のサマースクールもイギリスだった。だから、アクションもの+英国紳士とかたまらん〜〜〜ってなっちゃう。なのでこれはとってもいい映画だ。

夜は家で久しぶりに楽器を開けた。久しぶりだけど割と弾けるじゃん、なーんだ、と調子に乗ってたくさん弾いたら肩と腕がバキバキになった。日々の努力が大事なのはわかるけど、定期レッスンなしで毎日練習するのってやっぱり難しいな。

楽器を弾いている時は、大抵過去のことを思い出している。今日は小さい頃通っていたバレエ教室のことを考えていた。毎週月曜日に車で送ってもらっていた長い坂道の途中にあるスタジオと、結構怖かった先生のこと。レッスンでもそれ以外でもかなり怖い先生だったけれど、入室の日から1年ごとに「よく頑張ったね」と小さなプレゼントを渡してくれる可愛らしい面もある先生だった。私の記憶だと、シールとか、いい匂いのするペンとか、付箋とか、メモ帳とか。どれもバレリーナの女の子やチュチュの絵の、バレエ教室にふさわしいもので全部可愛かった。年少さんからお教室に通って、中学受験で辞める頃には同じクラスの子達の中で一番と言えるくらいの古株だったと思う。長く通ったお教室だったからまた戻るつもりだったけれど、中学生になってみたら部活のギターの方が面白くなってしまって結局最後のレッスンの日以来一度も行ってない。当時は音楽の方に気持ちが向いてしまったことを戻らない理由にしていたけど、ほんとは小4の時塾の都合で休んだ1年の間に周りから遅れをとったのがかなり苦しかったから。古株で先生にわりと可愛がってもらっていた(と思う)のに、1年の間に全然できなくなって、周りの同級生たちに教えてもらうことが苦痛だった。

あの時「1年休んだんだからできなくても当たり前じゃん」って許容できなかったプライドの高さは今も健在で、こんな邪魔なプライド早く捨てちゃえばいいのにってずっと思ってるのに捨てられる気配が一向にない。完璧主義でプライドエベレストの生きづらさはいつになったら緩和されるんだろう。見栄を張りたくなっちゃうし、出来ないことを素直に出来ないと言うことが恥ずかしくて、出来なくて当たり前のことでも出来ないと自分の中で許せなくなってしまう。この性格のせいでバレエだけじゃなくて楽器でも苦しい思いをしたじゃんね、それなのにまだ待ち続けるの?その無駄なプライド。クソくらえよ。

なんかオチがなくなったけど、言いたいことをまとめると、黒歴史を思い出して死にたくなっちゃう時ってみんなどうしてるんですか?叫びだしたい衝動をどうやって抑えるのがいいんでしょう。教えてください、切実に。

 

海の見える街とビール

先日の同窓会で恩師に会った。恩師というと大層なものに聞こえるけれど、実際は仲良しでとても信頼してる、というフレーズが当てはまる先生。

卒業してからも何回も高校まで会いに行ったし、悩みを抱えているときは大体先生の顔が頭に浮かんで、あの人ならなんて言うだろう、とか考えてみる。そんな先生とまさか同窓会で会えるなんて思ってもいなかったから、会場に行って顔を見た瞬間に超キョドって見えていないふりをしてしまった。だって、ホントにいると思ってなかったし一番最初に目に入った人が一番会いたかった人だなんてもうびっくりしちゃうじゃん、、。乾杯までの時間でもチラチラ見てしまったから先生も気がついてたんじゃないかなと思う。でもまあ、去年も何回も会ってるし会っていない時間の溝、とかいう関係でもないしな、、と言う感じで適当にしてた。

スパークリングで乾杯してから友達とビール飲みたいね、となってビール瓶の元に向かったらなんと先生が来て、いやこれはチャンス!!とばかりに「先生!!ビールお願いします!!!」と頭を下げてグラスを差し出すドレスの女子大生3人。どこのおっさんだよ…と自分でも思ったけど無事に注いでもらえたので大満足である。3年間迷惑をかけまくってたまになんなんアイツ?ってキレたこともある(し、多分向こうもあると思う)けど、受験の前日に私の単語帳に涙ぐみながらメッセージ書いてた先生にビールをお酌してもらう日が来るなんて、誰が想像できた?それだけで幸せだったけど、そこで撮ってもらった写真がまた超良い写真で、あー、すごい幸せだったな、、と今でも余韻に浸ってしまうのである。先生も友達も私が高1(長い子は中1)の時からずっと見守っていてくれて何かあるたびに助けてくれた人たちだから、みんなで写真が撮れてすっごく嬉しかった。てか、私得でしかなかった。

どん底にいてもずっと見捨てないで一緒にいてくれた人たちとはたちのお祝いでビールを飲む、と言う行為は言葉で言い表せないほど素敵で、ある種の達成感すら感じる。この喜びを表す言葉としていつもなら「エモい」の一言に落ち着いてしまうんだろうけど、今回ばかりはエモいなんて簡単でありふれた言葉に落ち着けたくなかったので、うまく言えないなりに出来事だけでも文字に残しておこうと思った。いつかこの気持ちがうまく言葉にできるように。あるいは、言葉にできなくてもずっとちゃんと覚えていられるように。またいつかどこかで同じような体験をした時に、あ、これってあの時だ、って思い出せるようにね。はあー、地元最高だ。。

事実ばかりを書き綴るブログは面白くないと感じるけれど、自分の内的思考はいま期末レポートで発散されているので今日は事実だけでご勘弁を。さ、レポートやろ。

さよなら冬休み

駅まで送ってもらった父の車のラジオで、さよならベルが流れていた。2日後にまた帰ってくるとはいえ、帰省していた姉も今日で帰るし、なにより冬休みは今日で終わり。明日からまた大学でぼんやりする日々だ。さよならベルは恋人との別れの曲だけれど、今日の私にとっては家族と冬休みとさよならの曲に聴こえてなんだか悲しかった。川谷絵音の声は切なくていいね。

今日はこれから友達と会ってから帰る。遅刻してごめんね。他の友達は冬休み中に何回も電話をかけてくれたのに出れなくて、かけ直すタイミングもなくて申し訳なかった。結局冬休みも会えなかったなー。会いたかった。

さっき最寄駅から見えた夕焼けがとっても綺麗だった。薄いオレンジ色に染まっていて、電車が来て出発する頃にはもうほとんど真っ暗になってしまったけど、少し暖かい気持ちになれた。

最近メンヘラじゃなくなったねって言ってもらうことも多いけど、実はおうちにいるとどうしてもわがままになって甘えたくなってしまって、心無い言葉を家族にぶつけてしまったりする。もちろん怒っていたこともあるけれど、いちいち怒るのは疲れてしまう。はやく怒るのをやめたい。悟り、開きたいな。

 

ゆうがた

しばらく更新を止めてしまっていた。前に書いたのは40日前だったので、一ヶ月以上も止めていたことになる。文章は書く回数を重ねなければうまくならないとわかっていても、どうしても毎日を生き抜くだけで精一杯になってしまう。今日もなんだか疲れたな。

サークルまで時間があったのでひと眠りしようと家まで帰ってきたのだけれど、帰ってきてまごまごしていたら寝るほどの時間もなくなってしまった。この何日か、睡眠不足が続いている。普段の帰宅時間は23時だし、そこから慌ててお風呂に入ってSNSをチェックして、ほろよいを片手に課題の本を開いてぼーっとしていると、あっという間に明け方になってしまう。寒くなると途端に起きれなくなるし、たくさん食べてしまうし、いつも眠くて仕方がない。まるで体が冬眠したがっているみたいだ。

昨日は久しぶりに恋人とデートをした。彼にはもう別れたいと告げていて、さっさと別れればいいものの所属コミュニティの関係上なんとなく会い続けてしまっている。普段はもう別れたい、この人とは将来が見えない、となっていて早く別れたいはずなのに、いざ会って飲んだりホテルに連れ込まれたりすると心がどうしようもなく苦しくなってまだ好きなのかもしれない、と思ってしまう。セックスしたら愛しい気持ちになってしまうし、可愛いって頭を撫でたり抱きしめてくれるのが好きで嬉しくなっちゃう。ずるずるのずぶずぶ。別れなくてもいいのかなあとも思うけれど、このまま彼と付き合い続けて結婚するのは嫌だからはやく別れなきゃね。

今日の昼間はなんだか冬っぽくて冷え冷えだったけれど、夕方になって家に帰る頃は秋の夕方のような優しい寒さだった。でもまた外に出たら寒くて死にそうになるんだろうなー。面倒だしこのまま寝ちゃいたいや。もう永遠に、夢から目覚めたくないよ。

霞んでゆく世界のこと

まーた上手くいかなくなった。

友達も彼氏もぜーんぶ上手くいかない。誰にも会いたくないし学校に行く気にもならないし、サークルなんて論外レベルに嫌になった。大学は自分のしたい勉強ができるからそれなりに頑張って行っていたつもりなんだけど、朝起きてのろのろ着替えて顔を作ってさあ出よう、と思うとなぜかぼーっと座ってしまって家を出れない。その謎タイムがない日はない日でさっき着たばかりの服がなんだかとても似合っていないように見えて、そして重ねようと思った上着と全然合わない気がして、ああでもないこうでもないとごちゃごちゃやっているうちに家を出れなくなって遅刻するか休むかになってしまう。

夜は夜でビールとかほろよいとか飲みながら映画見たりなんだりしちゃって最終的に病んじゃうし、でもお酒飲まないとやってられないし、もう嫌になってしまう。

やりたいことがあって大学に通ってるのに、そのやりたいことの本質や核心が何も見えなくて苦しい。もしかしたら「逃げ」であるこの選択肢も、本当に「逃げ」であることをわたしが気づいていないだけで、周りの人はみんなわかっているのかもしれない。人がこわい。見透かされていそう、見透かされたくない。わたしが考えていることは自分で思っているよりずっと浅はかで、他人に迷惑をかけることばかりで、世の中では通用しないような脆く霞んであまっちょろいことなのだろうか。人には優しくしたいけど、なんでもないことでもわもわと意地悪な気持ちが浮かんできてしまう。言うべきじゃないと思ったこともついするっと口から飛び出てしまうし、その言葉が相手を傷つけていることも、そして自分への特大ブーメランなのもわかっているのに。

わたしの周りには頭のいい人もちょっとやばい人もすごく怖い人もいるけど、どの人もみんな優しい、というかみんな優しくしてくれる。わたしがあまりに何もできなくて役に立たないからみんな優しくてくれるのかな?呆れられちゃってるのかな。

なんか色々つかれた。今いる東京のこの狭くて汚い部屋こそがわたしの世界で、わたしの城で、わたしのすべて。

ちゃいなぶるー

ひとりで夜道をふらふらと歩いてお酒を飲みに行った。昨日は家から15分くらいのところにあるHUBへ。おじさんに混じってチャイナブルーを1杯だけ飲んで帰ってきたけれど、なかなか楽しかった。別に話しかけられたくて行ってるわけじゃないからひとりでぼーっと飲めてよかった。

英国パブだからじゃないけど、カウンターで飲みながらoasisを聴いていた。月並みな言葉だけれど、oasisはとってもいいバンドだと思う。イギリスの曇り空が思い出せるような曲ばかりで、中高生の時に行った短期のサマースクールのことを思い出す。ロンドンとオックスフォードに行ったことがあるけれど、どちらもなかなか天気の悪い日々だった。最初に行ったのは中学生の時で、姉が前年に行っていたとはいえよく中学生の娘を海外に出してくれたなと、この点については両親の思考の広さにいまもとても感謝している。

今生活している東京の夕方は巨大なビルの隙間から見える空がとってもアンニュイに見えるし、すぐそこを走っている信号待ちの車の赤いランプが眩しい。大学から見える高速道路も、ねずみ色の空も、oasisと一緒に混ぜたら、あのサマースクールや他国の友達を懐かしく思う材料になる。

日々の考えの中で海外留学したい欲が占める割合が大きくなっていることに気づいてはいるのだけど、それを実行するには時間も覚悟も能力もいろいろ足りない。留学した後のことを考えると、今留学することはどう考えてもプラスには働かなそうだ。卒業後に院に行きたいことを考えたらわたしはきっと留学のチャンスを逃すし、この先もやっぱり行きたかったなあって心の何処かに抱えていくのかもしれない。めっちゃめんどくさいけど折り合いのつけられないことのひとつやふたつくらいあるよね。しゃーない。

 

この間、母校の文化祭でわたしの黒歴史作文が入った文集が公開されているのを発見した。自分ももらったはずのその文集は恥ずかしさのあまり、母に見せることなく自らの手でどこかに封印してしまったので行方がわからなくなっていた。せっかくだから、と思って開いて読んでみたらびっくりした。文章の稚拙さ痛さはもちろんだけど、それ以上に当時の自分のとても素直な感情が描かれていて、綴られている気持ちは嘘偽りなく真っ直ぐだった。この頃の私はまだ素直でこんなに音楽が好きで大切だったんだって、いまは擦れてぼろぼろに正体をなくしてしまった気持ちがそこにはちゃんとあった。それはもうとっても恥ずかしいのですが、6年前の自分の作文を読んで泣いてしまった。しかも卒業して2年の母校の文化祭で。わ〜〜〜〜、恥ずかし〜〜〜〜〜。でも成長とともに引きずり回してわからなくなっていたあの気持ちを、少し思い出せたような気がしてすごく嬉しかったな。おかえりまではまだ遠いけど、いつか帰ってきてくれますように。

大学でぼーっとしつつこれを書いていたら、さっきまでうっすら見えていた空はもう真っ黒になってしまった。とりあえず練習いこ。